1. 導入:今回のテーマは「食べ物にまつわる怖い話」
今回の企画は“食べ物に関係する怖い話”を集めた回だと説明する。
世の中には多種多様な食があるが、食にまつわる話は、身体感覚に直結するぶん怖さが生々しくなる、という空気で本題へ入っていく。
最近聞いた“リアル寄りの怖い話”を2つ紹介すると宣言する。
2. 近況で聞いた怖い話①:旅慣れた女性が「本当に無理だった料理」
最初の話は、若い頃から世界を飛び回るバイタリティのある女性から聞いた体験談である。観光地の上澄みではなく、モンゴルの遊牧民のゲルに行くような、かなり現地の生活圏に踏み込むタイプの旅をしてきた人物で、食べたことのないものも積極的に口にしてきたという。
その女性が強烈だったものとして挙げたのが、モンゴルで振る舞われた馬乳(馬の乳を発酵させた酒の類)の酒で、匂いが強く、もらったら残さず食べる主義でも“どうしても無理だった”という。しかし話はそこで終わらず、彼女いわく「一番じゃなかった。もっと無理だったものがある」と続く。
それはアジアのある国で、女友達と入った中華レストランでの出来事だった。注文がなかなか決まらず話し込んでいると、入口が開けっぱなしのような作りの店内に、野良犬のような犬がふらっと入ってくる。客として座っている二人は「犬が入ってきた」と気にするが、店員は犬の首根っこを掴んで、奥のほうへ引きずっていく。外へ追い出すのではなく、奥へ連れていく点がまず引っかかる。
その直後、犬が奥で激しく吠え始める。ところが途中で、吠え声の質が明らかに変わり、さらに不意に“ピタッ”と鳴き止む。二人は嫌な感覚を覚えつつも、その場では会話を続け、注文を決める。
しばらくして出てきた料理はスンデ(腸詰めのような料理)だが、皿が届いた瞬間に「普通ではない臭さ」が立ち上がる。スンデ特有の酸味のある匂いの範囲を超えており、腐敗を疑うレベルの強烈さで、二人とも戸惑う。友人が勇気を出して一口だけ試すが、口に入れた瞬間、経験したことのない臭さと不味さが広がり、反射的に吐き出してしまう。腐っているというより、そもそも“別のもの”の匂いがする、と感じるほどだったという。
結局二人はほとんど手をつけられず、早々に店を出る。店に入ってきた犬、奥へ連れていかれたこと、吠え声が変わって止んだこと、そして直後に出てきた“異常に臭い肉料理”。話し手は「犬を出したんじゃないか」と考えてしまった、というところがこの話の核になる。
3. そこからの検討:都市伝説っぽいが、あり得なくもないという嫌さ
語り手側も「普通に考えたら都市伝説的で、話を盛っている可能性もある」と一度は冷静に捉える。ただ、犬肉を食べる文化が歴史的に存在した地域もある以上、完全な作り話と断言できない気持ち悪さが残る、と述べる。
一方で、店に入ってきた犬をその場で即解体して提供するのはスピード的に無理がある、という現実的な疑問も出る。そこで「日常的に近くの犬を確保して、肉をストックしていたのではないか」という、さらに嫌な仮説へ話が進む。世界中で多くのものを食べてきた人が“食べられなかった”ほどの臭さ、という点も引っかかりとして強調される。
関連して、別の知人から聞いた話として「犬肉はとにかく癖が強く、口に入れるとゴムみたいだと言って吐いた」という体験談も紹介される。さらに“犬肉以上に無理だったもの”として、ある民族が牛の血を飲む文化があり、それがとんでもなく臭い、という話題に派生する。ここで「新鮮なら美味しい、臭みがない、という感覚が通用しない食が世界にはある」という、食の価値観のズレが語られ、怖さが“衛生”だけでなく“常識の崩れ”にあることが示される。
4. 近況で聞いた怖い話②:他人の墓を拝み、手作りの餅を供える一族
次に語られるのは、別の女性から聞いた「家の墓参りの奇妙なしきたり」の話である。彼女は子どもの頃から家族と墓参りに行っていたが、成長するにつれて、どうしても腑に落ちない点が2つ出てくる。
1つ目は、自分の家の墓(仮に高橋家)を掃除するのは理解できるのに、なぜか少し先にある“別の家”(仮に鈴木家)の墓も毎回きれいに掃除することだ。親戚でもないのに、他家の墓を磨き、整える。子どもの目には不思議だが、墓参りは頻繁ではないため、強く追及することもなく時が過ぎる。
2つ目は供え物である。自分の家の墓には市販品などを供えて、後で持ち帰って皆で食べる、という一般的な流れがある。しかし鈴木家の墓だけは違い、家で“手作り”の供え物を作る。台所でこねて作ったような、餅状のものをラップのようなもので包み、それを他人の墓に供えるのだという。
さらに不可解なのは、その手作りの餅だけは絶対に食べないことだ。子どもの頃に「食べていい?」と聞いたことがあるが、激しく叱られ、必ず捨てる。丁寧に作るのに、なぜ捨てるのか。普通なら逆ではないか、という違和感が積み重なる。
大人になってから改めて問いただしても、家族は核心を説明しない。「あれはうちが作らなきゃいけない供え物で、代々引き継いでやっている」という輪郭だけは教えるが、理由は濁される。ところが「なぜ食べてはいけないのか」だけは、ある出来事として語られる。
5. “食べた者が発狂する餅”:一度きりで戻らなかったという結末
家系のいとこにあたる子どもが、過去にその餅を誤って(あるいは普通に)食べてしまったことがあるという。すると数週間後、突然発狂した。家族からすれば原因が分からず混乱するが、その餅の作り方を教えていた祖母が来て言う。
「あの餅は生きている人が食べるものではない。生きている人が食べたらおかしくなる。申し訳ないが、その子は二度と戻らない。今後は絶対に食べるな」
結果としてその子は精神病院のようなところへ行き、元に戻ることはなかった、という。聞き手側(都市ボーイズ側)も、そんな危険なものを“食べられる位置に置くな”という率直なツッコミを挟みつつ、恐ろしさの本体は「理由を知らないまま儀礼だけが継続する」点にある、と話を進める。
そのしきたりは複数(3つほど)の家が関わって続けているらしく、説明のタイミングを逃して事故が起きた、という見立ても示される。そして彼女自身も、将来子どもができたら引き継ぐことになるのではないか、という形で、よく分からないまま“役割”だけが固定されていく構図が語られる。
6. 連想と補強:供え続ける食べ物、餅の意味、そして募集へ
話は「幽霊に飯を食べさせる役割」など、過去に語られた別エピソードを引き合いに出しつつ、似た構造の話として整理される。また、別の例として「神社でおにぎりを供え続けたら、外で起きていた“やばい何か”が出なくなったため、何十年も供え続けている」という話題も出る。
さらに「餅=魂」という言葉の由来めいた話に触れ、年玉の“玉”や魂の連想も交えながら、餅が単なる食物以上の象徴を持ちうる点が示唆される。結局のところ理由は分からないが、不思議な要素が“そのままの形”で残っているのが気味が悪い、という手触りで締められる。
最後に「食べ物にまつわる怖い話・不思議な話があれば送ってほしい」と投稿募集を行い、例として極端にまずい食べ物の話題(調査で挙がる部位、ドブネズミのスープ、生きたネズミを食べる等)にも少し触れる。
