都市ボーイズ【人体実験】思い込みで人は死ぬ?――死刑囚の“出血”伝説と実在した囚人研究


目次

史実として残る囚人を使った実験

【導入】有名都市伝説を再点検する回

1本目は、都市ボーイズが題材として挙げられるのは「ブアメードの血」と呼ばれる話で、都市伝説というより“人体実験の逸話”として広く知られている、と前置きされる。

【ブアメードの血】死刑囚を使った実験の骨格

話の骨格はこうである。舞台は1800年代のヨーロッパ(オランダ等と語られる)とされ、死刑囚に対して「実験に協力すれば刑を軽くする/助ける」といった取引が持ちかけられる。囚人は実験台に固定され、目隠しをされた状態で、足首(あるいは身体の一部)を切られ、「血がどの程度抜ければ死に至るか」を測る実験が始まる。

実験者は「いま何パーセント減った」などと進捗を逐次告げ、囚人は自分の“血が抜けていく”と思い込みながら、滴る音だけを聞き続ける。そして「致死量に達した」と告げられた瞬間、囚人は死んでしまう——という筋で語られる。

【核心】実際には血ではなく水で、思い込みが死を呼んだという構図

都市ボーイズは、この逸話の肝として「実際には致死量の出血は起きておらず、滴っていたのは血ではなく水だった(あるいは血のように聞こえる状況を作った)」という“どんでん返し”を置く。つまり囚人は、音と説明によって「血が抜けて死ぬ」と確信し、その確信に身体が引きずられて死に至った、という構図である。ここに、思い込みが身体反応を左右する「プラシーボ(逆方向ならノーシーボ)」の話が接続される。

【真偽の問い】この囚人実験は本当にあったのか

ただし、都市ボーイズ自身も、この話が史実として確認できるのかは怪しい、と語る。舞台とされる国や年代、そもそも「ブアメード」という語の由来など、要所が曖昧で、文献として確定できる形で残っているのかは疑問が残る、という立て付けである。

実際、ファクトチェックでは、この「目隠し+腕を切ったと告げる+滴下音で死に至る」型の逸話について、実験を裏付ける公開情報が見当たらず、しばしば根拠不明の作り話として流通している、という整理がなされている。たとえば、同種の逸話がSNSで拡散される一方、実験者とされる人物の実在や一次資料が確認できない、という指摘がある。

【実例提示】囚人を使った実験は“別の形”では実在した

一方で、「囚人を使った実験」そのものは現実に存在した。都市ボーイズの話題(人体実験/倫理の境界)に沿う“実例”としては、少なくとも次のようなものが文献で確認されている。

第一に、米イリノイ州ステートビル刑務所で行われたマラリア研究である。第二次世界大戦期を中心に、受刑者をマラリアに感染させ、抗マラリア薬の安全性・有効性を検討した研究として知られる。後年、この研究は同意の任意性やリスクの正当化など、倫理面の再評価対象にもなっている。

第二に、同じステートビルのマラリア研究を歴史学・科学哲学の観点から詳細に検討した論考では、受刑者が単なる被験者ではなく、データ記録や作業にも深く組み込まれた「研究システムの一部」だったこと、研究と刑罰が奇妙に絡み合う構造を持っていたことが論じられている。

第三に、フィラデルフィアのホルムズバーグ刑務所で長年行われた医療実験(皮膚試験等)である。多くの受刑者が実験に参加し、倫理性や説明・同意の問題が、のちに強く問われることになった。近年も被害の検証や補償をめぐる議論が続いている。
また、ホルムズバーグの実験を扱った代表的な調査報告として、受刑者が多様な実験に動員された実態をまとめた文献も参照される。

ここから言えるのは、1本目で語られる「ブアメードの血」型の逸話は史実としては確認が難しい一方で、「囚人を対象にした研究・実験」が現実に行われた歴史自体は否定できず、むしろ別の形で確かな記録が残っている、という点である。

【まとめ】思い込みは“治す”にも“悪化させる”にも働く

都市ボーイズは、思い込みが身体に与える影響の方向性として、良い方向に働くプラシーボだけでなく、悪い方向に働くノーシーボも含めて語り、話を次の回(投稿体験談)へつなぐ。


【2本目:導入】思い込み(プラシーボ)的な体験談の投稿回

2本目は、「思い込みによって起きたように見える出来事」「プラシーボ/ノーシーボ的な体験」を視聴者投稿から紹介する流れで進む。

【体験談①】“妊娠した”と思い込み、身体も反応した話

まず、強い思い込みによって身体が変化してしまった例として、(動物の)想像妊娠のような話が触れられる。子どもができたと強く思い込むことで、食欲や体型変化などが起き、周囲が病院で確認して初めて「実際には違った」と分かる、という趣旨で、思い込みが身体に波及する具体像として語られる。

【体験談②】事故後のリハビリで起きた“限界の書き換え”

続いて、より“実体験”として具体的に語られる投稿が紹介される。投稿者は過去に交通事故で重傷を負い、救助・搬送・治療を経て生還したが、骨折が多く、特に鎖骨などの影響で動かすたびに痛みが強かった。リハビリを重ね、日常生活へ戻ろうとする過程で、「腕はここまでしか上がらない」といった説明や見立てが、本人の中で“限界”として刷り込まれかねない状況があった。

しかし検査や説明の行き違い(伝え方の不足)によって、本人が「本当はもう少し上がる可能性がある」ことを知らないまま諦めていたかもしれない、という示唆が出る。結果として、本人は可動域を更新するように回復し、医師側も驚くような変化が起きた、という筋で語られる。投稿者は、今は元気に働けており、当時「限界」を言い切られていたら、そこに合わせてしまっていた可能性がある、と振り返る。

【結語】“伝え方”と“信じ方”が、回復の線を動かす

都市ボーイズは、2本目の体験談を通じて、思い込みは超常現象というより、情報の受け取り方・信頼関係・言語化の強さによって、人の身体感覚や行動選択を実際に変え得る、という感触を残して締める。そして引き続き、同様の体験談の募集へとつなげていく。

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